二十四節気とは

日本では現在のカレンダーをつかう前は、月と太陽によってつくられた暦を利用していました。

世界の歴史をみても季節は太陽の動きや月が影響しています。

月の満ち欠けを基準とする太陰暦 では、太陽の運行による季節の変化とは根本的に合いません。

また、太陽の動きを太陽と月のめぐりを取り入れた太陰太陽暦※も、厳密にいうと年ごとに季節と月日にずれがあり、年によってはひと月ぐらいずれるので、季節の目安になりにくいものです。

そこで、古代中国で考案された二十四節気を暦に取り入れ、季節の指標にしてきたのです。また、それぞれを細かく5つに分けた七十二候というものもあり、立春を起点にし、自然がよりリアルに感じられる宇宙の視点で考えられた時計や暦ともいえるのです。

二十四節気の最初の節気でへ立春からが暦の上では春となり、さまざまな決まりごとや節目の基準になっています。旧暦では立春近くに正月がめぐってきたので立春は春の始まりであり1年の始まりで、日本人は農耕民族なので、太陽や月、この二十四節気がとても身近なカレンダーでした。

 

そして、昔の人々は満月の日が15日でいつなのかを、みんな知っていたのです。

 

1日のことを朔日と呼び、3日目にでる月の名称は月異称も多く、初月(ういづき)・若月(わかづき)・眉月(まゆづき)など多数あり、異称の多くは最初に見える月だということや、その形からの連想のようです。現代人には満月の次にもっとも印象深い月かもしれません。ちなみに15日は満月、望月など。

 

16日十六夜(いざよい)からが月の出がだんだん遅れるので、それを「月の出をためらう月」と考えたようで既望(きぼう)・不知夜月(いざよい)などともいいます。

17日は立待月(たちまちづき)立って待ったからで、18日は座って待ったから居待月(いまちづき)、19日は寝て待ったので寝待月(ねまちづき)20日に至っては夜の10時ごろに出るとされるため更待月(ふけまちづき)。そして下弦の月となります。

 

こうしてみると、自然とより近い農耕民族だったからという理由だけではなく、日本人がいかに自然と近い存在であり常日頃から自然や宇宙と共存してきた民族なのかと、歴史のようなものを感じ、とても感慨深い想いがあります。

そのようなことから、日本人は道端のたんぽぽや雑草などにも神様がいると信じていました。この民族の特徴から、中国や韓国などの大陸から入ってきた様々な文化を日本独特の文化へと変えて、子供達や次世代へと継承してきたのです。

 

それはつまり、私たちがDNAレベルで受け継いでいることともいえるため、その特徴を活かすことがどのような時代になったとしても、より取り入れやすく馴染みやすい方法だともいえることです。

 

「食すなわちカラダを創る」・「カラダすなわちココロの容れ物」

つまり、人間は新陳代謝で心も体も創られるということです。

これは最新のウェルビーイングという概念のもと量子レベルの最先端科学でも研究や実践がされてあらゆることが証明されている内容でもあり、当アカデミー運営の協会女神のQOLの概念でもあります。